これからの日本の『品質文化』とは何かを考える

これからの日本の『品質文化』とは何かを考える

株式会社サン・フォレスト 森下武子

 

最近の日経新聞によれば、薄型テレビ事業がコモディティ化して価格・コスト競争力に陥り、急激な円高も相まって国内大手3社がテレビ事業を縮小、事業の構造転換を急ぐことになった。デジタル化で各社の製品の品質差が急速に縮まり、日本企業が先端技術を投入して3Dや超高画質など高付加価値製品を市場に出しても、その品質価値を認めてもらえず、値崩れしていく。この例は日本の家電が高品質の強みを築けなくなった象徴的な出来事である。

日本の製造業の品質の高さは、これまで高機能やデザインの良さなど、先端技術を開発して高グレードの設計品質を設定し、その設計目標に限りなく近い製品を、故障や不良品を少なくするような開発・生産方法を考案して作り出してきた点にあると考えられる。ところが、擦り合わせ技術や制御技術ではまだその強みが発揮できるが、デジタル製品分野では、EMSの利用や製造設備の購入でデジタル技術が早急に陳腐化してその品質格差が縮小していき、日本の製造業の品質文化としての強みを構築できない。

他方で、石川県の加賀屋は13万円と高価格にも拘わらず,きめ細やかさとか,緻密さ,ていねいさ,親切さのような「日本のもてなし」に価値を認めて、台湾から年間2万人も泊りにくるそうである。また、日本の無印良品(MUJI)は、「飾りを削ぎ落した簡素な日本文化の原点」をコンセプトにした普通の商品(+α)作りで、MUJIを世界ブランド化して、海外20カ国で136店舗を展開し、売上高1,447億円中、海外売上高212億円を達成している。

製造業とサービス業・小売業と分野は違うが、こうした事例をみてくると、日本の品質文化の強み、世界にも通用する強みとは何であるのかを、今原点から考えてみることが重要ではないかと思われる。

品質は「設計品質」と「製造品質」に大別されるが、日本の製造業の品質文化の強みは、どちらかといえば、設計目標に近いものを工場現場ができるだけ効率的に達成するという製造品質に重点を置いており、そこでの設計目標は、先端技術の応用など機械的な方向が主流であったと考えられる。消費者にとって使い勝手の良いものはどういうものか、とりわけ消費者の価値観やニーズが大きく変化している場合や、新興国などのように消費者の価値観やニーズが大きく違う場合に、その違いを的確に捉えた上で製品設計にフィードバックしたり、日本の文化の強みやわが社らしさなど、多面的な角度から考えて新しい設計目標を設定するなど、設計品質に関して多面的に十分に品質のグレードアップを行ってきたとは言い難い。今後はそうした設計品質の方向性をどう定めるかにも重点を置くべきなのではないか。

詩人で駐日フランス大使でもあったポール・クローデルが、日本人の美徳として「対象への親密な共感の能力」、「魂のうるおい」を讃え、「日本人の特質は自分たちをとりまく命あるもの、ないものに対して謙虚な心遣いをささげることである」と語っている。そうした伝統的な日本の美意識は設計品質の方向性を考える1つの方向性ではあるまいか。

加賀屋もMUJIも、心遣いという日本の美意識を設計品質として取り入れた例として挙げられる。とりわけMUJIはいわゆる高品質・高価格品ではなく、「日本の簡素」をコンセプトにした「美意識をもった一般的な普通の商品」であり、それが世界ブランドとして認められている。切った爪が飛ばないようにカバーのついた爪切り、ちゃんと切れるラップ、壁面用ハンガーを一部分が壊れてもその部分を買いたせる、天然素材の藍染めや綿・麻の商品など、海外では「MUJIは日本発の生活美学」、洗練され革新的だと評価が高いと言われる。華やかで売れそうな商品ではなく、簡素な日常の商品を、心遣いを入れて、良心的にもの作りをして売る。しかも、常に繰り返し「今の時代のMUJIは何か」を問い続けて、その時代のMUJIらしさを追求し、探究していく。

100円ショップやカテゴリーキラーと安さの点で比較すれば勝てないが、そこで価格競争をするのでなく、品質の割に安い相対価格で、「これがいいではなく、これでいい」を今のMUJIらしさとし、さらに、次の2つの開発手法で製品を開発する。「WORLD  MUJI」では「ヨーロッパやアジアの消費者が考えるとどのような無印良品になるかの視点」で開発し、「FOUND MUJI」では「無印良品の商品コンセプトに沿った商品を世界中から探し出し、MUJIらしさの改良」を加える。MUJIの品質文化は、普通の暮らしの商品カテゴリーの中で、日本の心遣いの美意識と良心的なもの作りでMUJIらしさの商品を作り、その品質の割に安い相対価格を設定することであり、その品質文化=ブランドとなっている。

リーマン・ショックを境に米国の消費者は、量から質へ、コミュニティ・品質・自己研鑽等に投資する価値観やライフスタイルに変わった、上質な商品やコミュニティの存続につながること、親切さ、社会的責任などが重視されてきていると言われる。金融危機以降、「シンプルで地に足のついた生活スタイルの方が幸せだとわかったという人は米国64.8%、日本80.2%」と言われる。

日本では東日本大震災以降、この流れが加速され、「普通でいること、日常のありがたみ、家族と一緒にいることができるありがたみ」が鮮明になっている。また、「足るを知る消費、無駄のない消費」や、「健康や安全のためになる消費、エコに貢献する等正しい使い道である消費」もより重視されている。さらに、厚生労働省の2009年調査によると、世帯所得の中央値は427万円と10年前と比べ100万円以上減少し、300万円以下世帯の割合が約10ポイント増え33%を占めるようになり、総中流社会が崩壊し、所得階層が二極化してきて、価格志向層の増加が進んでいる。

こうした状況を踏まえると、これからの日本の多くの消費者層が求める品質は、「普通の商品+αの品質」を相対的に安価に購入する方向性のように思われる。日本企業にとって、今後の品質の方向性は、「今の時代の普通は何か、わが社にとってのαの品質のコンセプトは何か」、「何がわが社らしさか」を再確認して、さらにそれは、今の日本の消費者が考えるとどのような商品になるか、欧米やアジアの消費者が考えるとどうなるかの視点から、あたらしく設計品質の目標を探ることが出発点ではないかと考えられる。

 

参考文献

1)松井忠三(2011):『良品計画の経営革新』;武内健治(2011):『「無印良品」ブランドの品質を維持向上させる、全世界からのファンの声』,クオリティマネジメント誌(20116月号),(財)日本科学技術連盟

2)金井政明(2011):『生活美学は普通でシンプル』,良品計画社長インタビュー,日経MJ2011103日、

3)芥子玲子(2011):『パラダイム大転換期の生活者意識調査2011最終版報告』,マーケティングセミナー2011資料,株式会社エルネット

4)ジョン・ガーズマ(2011):『リーマン後変わる価値観、日本も質の消費へ』スペンド・シフト著者インタビュー,日経MJ2011105

5)日経記事(2011):『落日のテレビ事業』,日経新聞20111021日、『テレビ消耗戦 見えぬ勝者』,日経新聞20111022

6)日経記事(2011):『民主主義を考える、変革求め政治ゆさぶる、安定見失った中間層』,日経新聞20101018

7)ポール・クローデル(1927):『日本の心を訪れる眼ざし』,「朝日の中の黒い鳥」講談社学術文庫

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