中堅・中小企業の強さの源泉
㈱サン・フォレスト 森下武子
1. 日本企業の勝ち残りは「ものづくり」競争力の強化
日本の強みは何かと問えば、やはり「ものづくり」である。日本企業のSurvival/勝ち残りは伝統的な強みである「ものづくり」に国や企業の資源を集中してそこでの競争優位を再構築することだとの原点に立ち返り、日本企業は2000年以降競争力を復活してきた。
日本のものづくりの強さは元来、現場=組織能力の強さ、体でいえば足腰の強さである。終身雇用の人材を長期育成することで、多くの熟練労働者を社内に持ち、組織能力として現場力を磨き、大量生産によるコスト競争力と高品質の競争優位を築いてきた。80年代のものづくりは、そうした終身雇用・年功序列の人材による現場力、組織能力が競争力の主源泉であった。他方、本社の戦略能力は欧米企業と比較して相対的に弱かったといえる。
藤本東大教授の「もの造り哲学」によれば、ものづくり競争力の強化策は「ものづくりの組織能力を鍛錬し、摺り合わせ型の製品に集中する。その上で、ブランド構築力やビジネスモデル構想力などの本社の戦略能力を高め、企業としての競争力を強化し、高収益を目指す」ことだと提唱する。
2000年以降の「新・ものづくり」は、人材やインフラの高コスト化などで弱体化した現場力=組織能力をどう再強化するか、また戦略やビジネスモデルなどの選択肢が多様化した中で、自社の優位性構築のために何を選択するかを決断する本社の戦略能力をどのような経営革新を行って高めるか、この両面から企業全体としてのものづくり競争力を高めていくことが重要となっている。
2. 2000年以降の「ものづくり」の競争力強化の課題
80年代の日本企業は「人本主義的経営」*(従業員重視)方式で大量生産によるコスト競争力と高品質の双方を確立し、日本的経営の評価を高めた。その特徴は、終身雇用の正社員が年功序列で技術・ノウハウを蓄積し、熟練労働者の厚い層が形成されて会社がコミュニティとして機能し、高いモチベーションと技能を持つ現場が自律的に問題発見・解決を図っていく点にあった。
*「人本主義」は伊丹敬之著「人本主義企業」から広まった。
しかし、日本企業の競争環境や経営体制は、90年代半ばからのグローバル化・市場経済化の進展や国際分業体制による中国生産の急拡大を経て激変してきている。バブルの崩壊とともに、企業体質は過剰債務、過剰設備、過剰人員による弱体化と高コスト化に陥った。そのため90年代からのグローバル化・市場経済化の下で生き残るために、多くの日本企業はアウトソース、リストラや非正規社員の増加などのコスト削減策やEVAなどの効率向上の追及を行い、米国型のガバナンス機能などの法支配の経営制度も接木的に導入した。他方、現場では、経営者と現場の乖離が生じ、工場の中国移転による国内工場の空洞化、設備投資の抑制、リストラや成果主義の導入や非正規社員の増加などにより、現場のモチベーションや技能蓄積の低下が生じ、自立的に問題発見・解決する自律自制の精神も弱まった。
こうして企業の贅肉落しは進んだものの、90年代には多くの企業が新しい競争環境下で自社の強みを構築するビジョン・戦略やビジネスモデルをすぐには構築できず、かつての強い現場力/組織能力も低下して、ものづくりの競争力低下と業績の低迷に陥った。
従って、2000年以降に、グローバル化・市場経済化の新しい競争環境下で、現場の強さ=組織能力の鍛錬と強化、及び本社の戦略能力の競争優位を構築するためには、「戦略―ビジネスモデルー組織能力」に対して、何が自社に最適かの一貫した方針に基く選択が必要であった。即ち、全体としての企業競争力を高めるために下記の4項目の全体最適をどう図るかというマネジメントの方針とリーダーシップが重要であったといえる。
① ビジョン・戦略(選択と集中)
-どういうビジョンでどの事業分野に集中して競争優位を築くか
-コスト競争力か、高付加価値化戦略か
② ビジネスモデル
-選択事業分野で製品を作る際に、どのようにビジネスを仕組むか
-どの機能を国内あるいは海外のどこに移すか
・例)アパレルのZARAはファッショナブル商品を合理的価格で提供する方針でスペイン国内での生産を選択vsGAPはコスト競争力強化で海外低賃金工場へのアウトソース
-社内に何を残し、何をアウトソースするか。何をユニット化し、何はカスタム対応するか
・例)デルのPC:自社は組み立てとマーケティング・流通に特化して強みを築き、部品生産は台湾へアウトソースする
③ 組織能力/現場力を高めるための「制度」(構造、システム)の導入
-終身雇用/正社員vs非正規社員(契約社員、パート・アルバイト、業
務請負):非正規社員の比率をどこまで増やすか
-年功序列vs成果主義
-人本主義・コミュニティvs法支配、株主資本主義
-自動化生産:非熟練労働者がオペレーションできる設備vs
多品種少量生産:セル生産、知的熟練労働者/多能工の育成、など
④組織能力/現場力を高めるための「プロセス」(運営、マネジメントスタイル)マネジメント
-米国型のヒエラルキー的マネジメント:システム設計と職務規定の明
確化、リーダーシップ vs
-日本型の「場」*のマネジメント:知的熟練ワーカーが自律的に問題発
見・解決しやすい場の設定とその流れのかじ取り
*伊丹敬之「場の論理とマネジメント」で紹介されている日本的経営方式の概念
化。伊丹氏は「場のパラダイム」と名づけている。
2000年以降は80年代と比較して、どこに強みを築いて高付加価値・高品質、コスト競争力強化を狙うかの戦略策定や、そのためにどういうビジネスモデルを選択するかの選択肢も、内製かアウトソースか、中国などの海外生産か日本か、ユニット化かカスタム化かなど、多様化している。例えば、低コスト戦略を採るなら、国内生産と中国とでは20~30倍の人件費格差が生じているため、中国での工場設立あるいは中国企業への外注・購入の選択もある。もし中国企業への外注なら、必要な組織能力はマーケティング・販売力と、製品企画力・品質管理能力の強化になる。現場力の強化も、国内工場では正社員と非正規社員の比率をどうするか、業務請負をどこまで増やすか、アウトソースをどうするかの選択肢は多様であり、熟練労働者や非熟練労働者の育成をどうするかなど、全体の仕組みの中で対策を考えていく必要がある。そうした戦略策定からビジネスモデルの構築や現場力=組織能力の鍛錬・強化の全体の仕組みを、どういう経営制度やプロセス/組織運営で行うのが自社にとって最適かは、競争優位を組み立てる選択肢が複雑多岐なため、高度なマネジメント能力が必要とされる。
トヨタやホンダ、花王、キャノン、松下電産などの優良企業は、高付加価値化でグローバル競争力を磨く方針を選択し、中国など海外での国際分業生産体制を整備し、日本国内では高付加価値製品の生産やマザー工場としての生産技術の開発、R&Dを主体として社内にものづくりのコア技術を蓄積するビジネスモデルを選んだ。そうした優良企業は、自社の生産体制で内製とアウトソース、業務請負、ユニット化とカスタム化などの最適なあり方を見極めながらコストダウン、生産性向上と技術開発・蓄積を行ってきた。また組織運営では、現場での問題発見と解決力、新しい提案能力が自社の強みであり、そうした現場力の強化には長期雇用による知的熟練労働者の育成や彼らが現場で育つような「場」を設定することが必要と認識されている。従って、現場力/組織能力を強化する日本的経営方式、「場」のマネジメントや会社をコミュニティとみる考え方などが機能する経営制度やマネジメントスタイルを維持・強化し、同時に、市場経済化に対応してコスト競争力やスピードアップに必要な仕組み、アウトソース、ユニット化、成果主義や非正規社員の増加などの仕組みを導入し、企業全体の競争力を強化し、高業績を上げている。これらのものづくり競争力の高い企業は現場力=組織能力が強いと同時に、それはトップが現場をわかり、自社の戦略やビジネスモデルで組織能力を発揮できる制度や運営を仕組むマネジメント力とリーダーシップが優れているといえる。現場が日々のルーティーン業務に埋没し、タコツボ化しない仕組みが作られ、自分の業務の改善、前後の業務や会社全体の業務の改善につながる問題意識と解決提案ができるようなモチベーション喚起の方法が工夫されている。
中堅・中小企業でも競争力をもつ企業はトップのマネジメント力やリーダーシップが強く、自社の強みを築くために一貫した「戦略―ビジネスモデルー現場力」が何かを構想して、ビジネスモデルや組織体制・現場力を構築して競争力を強化している。その事例をものづくりの成長分野であるアニメ制作事業と、伝統的な成熟事業である家庭紙製造事業の対照的な2事例*で具体的に紹介したい。
*GDHの事例は石川社長の面接インタビュー、富士市の家庭紙製造企業の事例は社長へのメールインタビューに基づいて、筆者の仮説も加えて構想、作成している。
3. 事例(1)GDH:デジタルアニメ制作
2000年にデジタルアニメ制作のゴンゾとディジメーション(石川社長が1996年に起業)のホールディング会社として、(株)ゴンゾ・ディジメーション・ホールディング(現GDH)を設立し、2004年11月に東証マザーズに上場した。売上高(2006年3月期)72.4億円、経常利益4.2億円、従業員数171人の企業規模である。
<アニメ事業の有望性>
石川社長(38歳)はアニメがものづくりの成長分野で世界での競争優位を築ける事業と確信してアニメ制作で起業した。
-「日本のアニメはマンガ雑誌・週刊誌だけで発売部数が3千万部前後/週という世界最大のインフラ(2位の米国は雑誌数千万部/年)を持っており、30~40年の映像文化・コンテンツの集積がある。その中で人材が育った。」
-「日本のコンテンツ産業は映画-TV-VHS-DVD-ブロードバンドとメディアの発展により成長してきており、今後もブロードバンドと国際化により成長が見込める。また、アニメからゲーム、おもちゃ、グッズなどの2次利用の展開もある。」
<2000年以降の業界環境・競争要因の変化>
95年頃から制作技術のデジタル化が進み、現在は2Dの手書きアニメのデジタル化と3DCG(3次元コンピュータグラフィックス)が主体になり、映像表現がレベルアップした。3DCGの技術蓄積は各社のこれからの課題である。
また、国際化が市場の国際化、国際分業体制ともに進展している。市場の国際化では、国内市場が少子化により成長が見込めないため、事業拡大には国際的にヒット可能なシナリオ作成や国際セールスができるマーケティング力が重要になってきている。
デジタルアニメ制作で利益を上げるためのマネジメント力は、事業スキーム力(版権事業の展開企画や企業間連携など)、ファイナンス力(1制作に5~20億円)、制作力の3点が重要である。ファイナンスできて制作能力があると、自社の権利を持つ作品が作れ、版権事業(作品の2次利用)を展開して高い収益性が得られる。ただし大ヒット作を狙うにはファミリー向けマスセグメントがターゲットとなるが、実際に大ヒットするかどうかはわからず、ハイリスク・ハイリターンの事業である。
リスクを減らすためにはコアなファン層(15~40歳のオタクセグメント)で一定シェアを持つことが重要で、そのために対象セグメント向けに一定品質の作品を供給できる体制(社内、社外ネットワークともに)を持つことが必要となる。
<主要競争企業の特徴>
他主要競争企業は東映アニメーション(上場)、プロダクションIG(プロIGと略称する、上場)、サンライズ(バンダイの子会社)、スタジオジブリなどである。各社の収益性はマス・ファミリー向け大ヒット作を供給できるか(事業スキーム力、ファイナンス力、制作力)、コア・ファン向け小ヒット作のライブラリーを持つか(蓄積には時間がかかる)、その両方があるかに依存する。
東映アニメ、サンライズ(バンダイ)は企業規模が大きく、マネジメント力も高い。また東映はポケモン等のTVアニメ、サンライズはガンダムのマス・ファミリー向け大ヒット作を持ち、歴史があるため小ヒット作のライブラリーも持つ。スタジオジブリはもののけ姫、千と千尋、ハウルの城などの映画用大ヒット作を持ち、制作力が高い。
他方、GDH(ブランド名はゴンゾ)とプロIGはマス・ファミリー向け大ヒット作はまだないが、コア・ファン向けの3DCGをうまく取り入れた作品を作る。両社の違いはGDHがCGドリブンで高いマネジメント力を持ち収益性重視の方針に対して、プロIGは細部にこだわった完成度の高い作品を作る制作重視の傾向がある点である。
<GDHの強み>
設立当初から、国際展開を視野においてビジョンと戦略を明確に持っている。ビジョンは「米国のアニメNo.1ピクサーを超える企業を目指す」ことである。
-CGドリブンで日本らしい映像スタイルのアニメを世界に発信
-企画開発、事業スキーム組成、制作、マーケティング、販売の総合的な
コンテンツのプロデュース
そのための戦略は「ヴィトンの大ブランド+グループ傘下に多数のブランド(ラ
イブラリー)を持ってブランドマネジメントを行っているLVMH的な方針を取る」。即ち、コア・ファン向けヒット作ライブラリーを持つことで安定的に利益が生まれる事業構造を作り、ハイリスク・ハイリターンのマス・ファミリー向け大ヒット作で高利益と知名度/ブランド力向上を狙う。
-ファミリー向け大ヒット(映画で100億円以上の興行収入)
-小ヒット作品のライブラリーを5年かけて蓄積する
上記のビジョン・戦略を実現するために必要なビジネスモデルやマネジメント力、組織体制を設立当初から構想し、築いてきている。
① 国際化の体制
日本のアニメ業界の成長課題は国際化への対応である。国際セールスには海外の市場動向をリアルタイムで把握し、各地に人脈を開拓する必要があるが、業界企業トップに英語力のある人材はほとんどいない。他方GDHは石川社長がフランスのINSEADでMBAを取得しており、英語力および海外人脈を持っている。また、GDHは設立当初から海外拠点を持ち、ロンドンオフィスにビジネス担当執行役員、ロサンゼルスオフィスにアニメ開発クリエーション担当の海外人材がいる。
GDHの海外売上比率は米国が19%、ヨーロッパが5%、アジアが3%である。また、今年7月公開予定の映画「ブレイブ ストーリー」はフジテレビとワーナー・ブラザーズとの共同製作である。
② ビジネスモデルとマネジメント力
高収益を得るためには、作品ごとに制作のビジネススキーム、例えば映画は誰とどういう形で連携するか、版権事業はどうするかを当初から企画して利益の生まれる構造を仕組むことが必要となる。
GDHはトップマネジメントが3者分業体制を取っており、村濱会長がクリエーション担当(クリエーションの方針を統括してブランドマネジメントを行う)、石川社長がビジネススキームと財務・マネジメント担当、梶田取締役(ゴンゾ社長)が制作現場担当と専門化している。この3者分業経営体制により、制作力、2次利用も含めた企業間連携、高度なファイナンス、国際セールスを統合して行える高いマネジメント力を持っている。その結果、自社の権利を持つ作品を作ることができるため高収益が可能になる。また他企業と連携して大ヒット作を狙える。
③ 組織体制・組織能力
社内の人員体制は、プロデューサーと技術のトップを目指すCG技術者やアニメの設計・開発者などのオペレーターのみが社員の少数精鋭主義である。実際の制作部隊であるディレクター(監督)やクリエーター、オペレーターは社外でフリーに活動して創作意欲を持ってもらい、連携する。プロデューサー(プロジェクトマネジメント)とディレクター(監督)は予算主導か作品主導かで対立する傾向があるが、プロデューサー側が予算とスケジュールをマネジメントして利益の実現を図っていく。社内人員はアニメ制作を事業として成功させるためのビジネスサイドの役割と、フリーでは先端開発しにくい3DCG技術やシナリオ開発、アウトソースの品質管理などの部分を担当していく。こうして高い品質の作品作りとビジネスの収益性の双方を高める体制を仕組んでいる。
社員は会社のビジョン・戦略やトップ層の考えを共有して、そのビジョン・方針の実現に向けて自分たちがなすべき目標を考え、自律的に行動している。アニメ業界の給与水準は総じて非常に低いのだが、GDHではミドル以上の社員に対して業界でダントツに高い給与(成果主義)を提供してモチベーションを一層喚起している。
制作は基本的に日本に集約されている。3DCGは品質管理が難しく、業界でも海外での生産体制の整備はまだ不十分である。ただし、GDHは海外分業生産体制に積極的で、韓国に子会社を設立し、中国では外部の会社に一部アウトソースを開始している。
外部との連携も含めた制作体制により、GDHのコア・ファン(20~40代のオタクセグメント)向けに一定品質の作品を提供する人材と組織能力を築いているため、作品の「はずれ」を出さず、コア・ファンセグメントで10~20%の安定的シェアを確保し、ライブラリーの蓄積を図っている。
<GDHの課題>
新興企業のGDHにとって、事業規模の拡大と利益の向上にはマス・ファミリー向け商品で海外にも通用する大ヒット作を出すことと、時間をかけてコア・ファン向けの小ヒット作ライブラリーを蓄積していく両輪の推進が必要である。そのためには1作ずつ地道に実績を築いていくものづくり=現場の制作力が鍵となる。アニメの制作は「シナリオ―原画―動画―彩色―合成―音楽―声優―効果音」の一連の工程で多数のクリエーターやオペレーターの摺り合せ型組織能力が必要であるが、従来の2Dデジタルアニメの摺り合わせ型組織能力に加えて、今後は国際化対応、3DCG技術の取り込みの強化が必要となってくる。とりわけ以下の3点で組織能力の強化が今後の課題と考えられる。
① 国際化の対応
日本はシナリオのコンセプトやキャラデザインには強みを持つが、国際的にヒットが狙えるシナリオ作成能力はハリウッドの方が高い。国際的なシナリオ作成能力をどう獲得していくか。
米国のアニメは3DCG主体であるが、日本では2Dデジタル+3DCGのアニメが主流である。今後は3DCGの技術蓄積が必要だが、内製vsアウトソース、国内vs海外など、どう取り組むか。
② 大ヒット作の開発
GDHは自作のコア・ファンを持つが、大ヒットが狙えるマス・ファミリー向けは実績がない。マス・ファミリー向け作品の開発体制をどう強化するか。
③ プロデューサー及びディレクターの養成
開発・制作できる作品数は優れたプロデューサー及びディレクターの人数に制約される。プロデューサーやディレクターの引き抜きは業界で多いが、引き抜いても結局定着しない。自社養成の体制をどう作るか。
4. 事例(2)静岡県富士市の家庭紙製造企業A社
1922年に設立された売上高13億円、従業員数45名のファミリー企業。富士市には中小家庭紙メーカーが30数社あるが、A社の規模は10番目程度である。現社長(42才)は慶応ビジネススクール卒業後経営コンサルティング会社に入社し、家業を継ぐため1991年に退職して副社長でA社に入社し、2004年に社長に就任した。入社当時、A社は設備の老朽化による高コスト、低品質で製品競争力がなく、主要顧客を失って経営不振に陥っていた。入社後経営の建て直しに取り組み、王子製紙やクレシア、大王製紙、日清紡、紙商事の大手5社や中小企業間での価格競争が厳しく中小企業の淘汰が進む業界で、小規模ながら悪戦苦闘して生き残ってきている。
<家庭紙事業の特性と競争要因>
ティシュ、トイレットペーパーなどの家庭紙事業は低価格のコモディティ製品であり、また装置産業で固定費型事業であることから、稼働率追求でのコストダウンが主な競争要因となる。アドバンテージ・マトリックス(図1参照)でいえば「手詰まり型事業」の性格を持ち、競争要因が少なくて(主にコスト)、ところがその競争要因(コスト)でも大きな競争優位性を築きにくいため、参入各社は総じて低収益となる。つまり戦略やビジネスモデルなどの選択肢の余地が少なく、各社が設備投資と稼働率を追求してコストダウン競争を行う事業特性を持つ。
そのため業界が供給過剰になりやすく、設備の増強⇒供給過剰⇒価格下落⇒減産⇒市況回復⇒設備の増強というサイクルを繰り返し、製品価格が1~2年のサイクルで大きく落ち込む。その期間をいかに乗り切るかが重要となる。
大手は原料にバージンパルプを使うため製造原価は臨海立地での一貫生産が最も安くなるが、消費地までの物流コストが高くなる。中小企業は都市で発生した古紙を使うため、都市型立地が原料調達、製品物流のコストが安く、非常に効率的な物流生産体制となる。ただし、排水や騒音などの環境問題が発生する点が問題である。
家庭紙事業は製品価格が安く、かさばるために物流費も高く、海外生産を行いにくい内需型事業である。90年代以降も基本的に国内でのコスト競争力追求、すなわち稼働率追求が重要な競争要因であり、大きな製品差別化が難しいため、価格競争が厳しい中で多数の中小企業の淘汰が進展している。
大手と中小は大きくはパルプと再生紙という棲み分けになっているが、最近の傾向として大手がブレンド品(パルプ50%、再生紙50%など)を投入し、中小の領域を侵略してきている。特に2年前から大手がフル生産フル販売で中小の領域でのシェア拡大を目指しているため価格競争が一段と厳しくなっており、都市型立地の富士市の古紙メーカーは古紙購入や物流コストの優位で大手に対抗しているが、全般的に淘汰がさらに進展している。
図1、アドバンテージ・マトリックス
分散型事業
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特化型事業
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手詰まり型事業
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規模型事業
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<中小企業の生き残りの方策>
家庭紙業界の今後は、卸の中抜きが進み、大手・中小ともアイリス・オーヤマのようなメーカーベンダー型になっていくと予想される。大手への対抗で中小企業の合従連衡やグループ化が進み、なんらの強みも持たない単なるコモディティ製品の供給企業はグループにも入れず淘汰される。
中小企業の中でも100億円前後の売上高規模を持つ企業は自社グループ化で規模の拡大を図り、中規模以下の企業は大手の傘下に入るか、何らかの差別化を追及している。たとえば信栄製紙は全国の中小家庭紙メーカー数社と販売グループ「コアレックスス」を作り、グループ化で販路開拓を図るほか、今後の事業展開として家庭紙事業を廃棄物処理ビジネスとして再定義し、川崎市にゼロエミッション型のプラントを建設するなど、極めて戦略的な事業展開を行っている。また、マスコー製紙は生協などのルートに特化して、牛乳パック再生ティッシュやキャラクタープリント製品などの高付加価値製品を販売する特化型事業で、小規模ながら利益を上げている。
<A社の生き残りの強み>
中小企業の中でも小規模なA社が生き残りを勝ちえるためには、まず製品のコスト競争力を強化することであった。他社よりいち早く技術導入や設備投資、工場内のレイアウトの工夫をしてコストダウンを継続して行った。こうした設備投資はA社の企業規模では体力的に大きな負荷であり、非効率な投資を行ったり投資回収が大幅に遅れた場合、業績に致命的影響を与える。コストダウンの設備内容もできるだけ投資効率の良い方策を考案し、投資も一度に大規模な投資は難しいため、必要性の高い投資から優先順位を付けて段階的に行うなど、社長が現場を熟知してそのリーダーシップとマネジメント力で効率的な生産体制を整備し、運営してきた。
現社長が1991年に入社した当時、製品の高コスト・低品質を改善して製品競争力を持つことが緊急の経営課題であった。そこで大規模な設備投資でまず品質の底上げを行った。その後、2年に1回程度の頻度で他社に先駆けて効率化、コストダウンのための設備投資を行ってきた。2001年に導入した「古紙解離工程への高濃度処理方式」は省エネ型でコストダウンを図れる高度な生産技術であるが、中小企業の中で最も導入が早く、経営革新支援法に基く経営革新計画の承認企業に認定されている。
工場内では、設備のフローやレイアウトの工夫などにより大幅な自動化を行っている。また、熟練度の低い従業員がどの工程でも運転できるようなオペレーション体制を目指して、運転シーケンスをプログラム化して、工程のスタートボタンを押せば設備が順次立ち上がるようになっている。
社長が生産現場を詳しく理解し、経営者の目線で、しかし現場と一緒になって現場の問題点を見つけ、生き残りのために必死に解決案を工夫して地道に生産体制と現場の力を強化し、製品の品質やコスト競争力を強化してきた。次の段階として、高付加価値・差別化商品の「森林やハーブの健康によい香り製品」も開発し、主力製品に育ってきている。
さらに今後の自社の生き残りは製品・チャネルの差別化戦略の推進しかないと認識して、2004年の社長就任後に、高付加価値新製品「ハイブリッド紙」の商品開発を行い、生産の大型設備投資を行った。「再生パルプと非木材パルプ等を複合した質感の高い家庭紙の開発」であり、中小企業創造活動促進法の認定を受けた。基幹技術の「多層抄きヘッドボックス」を導入して、再生紙とバージンパルプを抄き合わせて1枚の紙を抄造する技術を開発し、「肌に触れる側に高品質なバージンパルプを配し、厚みは再生紙」の発想で、シャワートイレ用ハイブリッド型の製品を目指した。
しかし、ハイブリッド製品は大手(パルプ)と中小(再生紙)の中間ゾーンの製品開発を目指したものの、大手のブレンド製品と直接競合領域であった。価格競争の激化で大手パルプと中小再生紙の価格差が狭まり、大手ブレンド製品との製品差別化も十分でなかったため、市場開拓に苦戦している。
<今後の課題>
製品・チャネルの差別化戦略の推進には「生産―マーケティングー営業」の連携体制が重要である。香り製品やハイブリッド製品などの差別化・高付加価値製品の販売は、スーパーやドラッグストアのような特売主体の価格志向チャネルではなく、品質評価が高い生協や一般小売店での定番商品化などの販売チャネルの開拓が鍵となる。
香り製品は大手生協の定番商品としてロングセラーを続けており、コモディティ商品よりも高価格を実現している。しかし、ハイブリッド製品は商品開発・生産に先行してチャネルの開拓や市場ニーズの調査が十分でなかったため、高品質・差別化のプレミアム価格を認めてくれるチャネル開拓が遅れており、マーケティング・営業の体制強化が緊急の経営課題となっている。
差別化新商品の開発・販売には消費者ニーズの吸い上げと商品開発へのリンク、需要側から川上にさかのぼるディマンド・チェーン・マネジメント(DCM)の強化が必要だが、その問題解決と体制作りが今後の課題といえる。
4. 事例からの示唆:日本企業の新しい強みと今後の課題
2事例で挙げた企業の社長は40歳前後と若い。ビジネススクールや経営コンサルティグ会社で戦略や経営理論を学び、30歳前後から「ものづくり」の企業経営を実践してきている。2社の事例は、一方はアニメという世界的に競争優位を築く可能性のある成長分野を自ら選択し、他方は日本国内市場が主体で伝統的な成熟事業を家業として引き継ぐとの違いがあるが、各々の業界の中で、どういう戦略で自社の強みの構築を狙いたいか、市場・競争や自社の経営資源から考えて何が狙えるかを考えて、取るべき戦略とビジネスモデルを構想し、その実施体制を作り、現場で問題が出れば改善案を考え、戦略・ビジネスモデルの仮説や体制を修正していくアプローチは同じである。しかも中小規模のため、経営者が現場と一緒になって問題に立ち向かい、組織能力や現場の問題を肌で吸収し、現場感を磨いている。そうした経営者のもとで働く従業員も経営者のビジョン・戦略、考えや行動に直接触れ、どう考え、動くかを日々の業務で鍛えられている。2社ともトップが要となり、戦略と現場が有機的に連携する体制・運営になっている。
アニメ制作のGDHの強みは以下に示すように、世界で競争優位を築くビジョンと戦略を構想する能力とそれに必要なマネジメント力を持ち、品質と採算性を追及するビジネスモデルを選択し、実施のための国際化の体制を作り、組織能力・現場力を磨いている点である。
-世界No.1の企業ピクサーを目標とするビジョン
-ファミリー・マス向け大ヒット作で高利益、知名度・ブランドを高め、
コア・ファン向けライブラリー作で安定的利益創出の事業構造を作る2面
戦略を採る
-トップのビジョン・戦略や考えを現場が共有。目標設定や行動の拠り所
として全社的視点で自発的・臨機応変に行動する。社員は少数精鋭で、ト
ップのビジョン・戦略、価値観に共鳴する人材を採用し成果主義で育てる
-国際化に対応した「事業スキームーファイナンスー制作での国際的なシ
ナリオ作りと3DCG技術を強化した制作体制―国際市場のニーズの把握
とマーケティング」の3者分業マネジメント体制とロンドン・ロサンゼル
スでの海外オフィス・海外人材体制づくり
-「シナリオ開発―制作」のプロセスでは内製とアウトソースや、国内と
海外制作の組み合せを適切に見極めて品質とコスト管理
・ クリエーターやオペレーターは主に社外アウトソース、品質管理やプ
ロデューサー、3DCG技術開発や企画開発は社内で技術やノウハウを蓄積する
・韓国での子会社生産や中国にアウトソース、ロスでの企画開発など
他方、家庭紙製造業の場合は戦略やビジネスモデルの選択の幅が少なく、国内工場でコスト競争力を強化する生産体制作りと運営が最も重要となる。A社の強みは、小規模企業で生き残るために、市場・競争の現状と自社の経営資源・現場力をよくわかった上で、現実的な戦略、「最初は段階的なコスト競争力の強化、次いで高付加価値・差別化戦略」を採ることを決め、まずコストダウンの生産体制を順次強化して、中小企業では最先端の高技術を導入して自動化生産体制を作り、現場力を磨いていった点である。次いで差別化戦略で、どこに差別化を求めるかを探り、香り商品開発と特化販売チャネルに着眼して以下の強みを構築した。
-市場ニーズの吸い上げと市場ニーズに合致した差別化商品開発力
-差別化新商品の販売チャネルの確保
2000年以降、ものづくり経営では戦略と現場の連携が一層重要となっている。日本企業が高付加価値分野でコストと品質の競争力を維持・強化していくためには、「戦略(選択と集中)―ビジネスモデルー現場力」が一貫して戦略と現場の有機的な連携が行われ、以下の4点で企業競争力の強化が構築されることが必要である。
-コスト競争力と品質強化のために、内製vsアウトソース、国内vs海外生産、ユニット化vsカスタム化などの生産体制作りの的確な見極めができる
-市場の情報を取り入れて、高付加価値・差別化商品の商品企画―開発―生産へとつなげる体制を作る
-市場開拓とブランド化を図る
-現場が戦略やトップの考えを理解し、全社的視点を持ち、市場情報や他部署の情報を取り入れて、自分で自発的に問題発見・解決をしていく、さらに現場の情報や新しい提案をトップにフィードバックしていく
戦略と現場の連携には、トップが戦略的思考を持ち、現場をわかり、競争優位と実現可能性の視点から戦略やビジネスモデルを選択して、その実行力を高める組織体制・仕組みを作り、現場が自律的に問題発見・解決能力を磨いていく場を作ることが必要である。その結果、現場が戦略を分解した実行仮説を実施して問題を発見し、解決策を考えて仮説を改善し、新たな仮説を打ち出していく、さらに現場の情報や提案がトップにフィードバックされ、良循環サイクルが回る。
事例の2社の場合は、中堅・中小企業であるためトップと現場が近く、トップが現場の情報を吸い上げたり、現場を直接指導しやすい。逆に現場もトップの考えや行動をまじかで見て吸収しやすい、あるいは現場が複数業務を兼務したりして、全社的視点でものごとを考えられるなど、連携が行いやすい利点があった。
しかし、大企業では一部の優良企業を除いて、トップが現場と乖離しやすく、トップが現場に詳しくなる、あるいは現場がわかる人がトップになることは一般に難しい。また、大企業の現場ではともすれば自身の業務現場のみに捕われて、タコツボ的な思考に陥りやすい。トップの戦略や考えを直接に聞く機会も少なく、他関連部署の業務を理解したり、全社的視点で自らものごとを考えるための経験の機会が少ない。戦略と現場の連動には意図的な仕組みが必要となる。現場で問題を発見し、解決を図る、自発的に考え行動できる人材の育成には、GEの元CEOのジャック・ウエルチ氏が幹部研修所を作り、自ら教えたように、トップが自ら教えるか考えを出来るだけ直接伝える機会を設ける、あるいは機能横断的に議論を行ったり、BSCや方針管理等で現場に戦略のブレイクダウンを行うなどの仕組みや場が必要と考えられる。逆にトップが全社戦略やビジネスモデルを考える場合、現場感を磨き、さらに部分最適ではなく全体最適を追求する仕組みや運営体制の整備や工夫が望まれる。
参考文献
-藤本隆宏(2004)「日本のもの造り哲学」日本経済新聞社
-藤本隆宏(2006)「もの造り能力構築今こそ」日経新聞2006年4月19日
-遠藤功(2004)「現場力を鍛える」東洋経済新報社
-遠藤功(2006)「企業経営と現場力」日本科学技術連盟特別講演会資料2006年4月17日
-日本政策投資銀行産業問題研究会編著・木嶋豊、昌子祐輔、竹森祐樹(2003)「日本製造業復活の戦略」ジェトロ
-後藤康浩(2005)「強い工場」モノづくり日本の「現場力」日経ビジネス人文庫
-伊丹敬之(2005)「場の論理とマネジメント」東洋経済新報社
-特集「新日本的経営とは何か」クオリティマネジメント2005年11月号、日本科学技術連盟
-ビル・エモット(2006)「日はまた昇る」草思社
-グロービス・マネジメント・インスティテュート(1999)「MBA経営戦略」ダイヤモンド社
-スザーン・バーガー(2006):インタビュー「成功するビジネスモデルは決してひとつではない」、フォーサイト2006年4月号、新潮社